秒針の音を聞

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秒針の音を聞


しばらくして玄関のドアが開くと、結梨は反射的に立ち上がった。玄関で母親が待っているという予想外の事態に、恵梨奈は目を丸くした。というより、ギョッとしたという表情で、家の中に入ろうともせず、ドアを半分開いた状態で立ち尽くしていた。
「……おかえり」
少し上ずった結梨の声が合図だったかのように、恵梨奈は再び動き出した。結梨から目を逸らし、冷たい表情で靴を脱ぎ揃えると人材紹介、素知らぬ顔で二階へ上がろうとした。
「恵梨奈……」
結梨が呼んでも、恵梨奈は止まらなかった。
「恵梨奈、待って!」
その大きな声に恵梨奈も、結梨自身も驚いた。恵梨奈は階段の中程で足を止めた。但し、体は二階のほうを向いたままだ。それでも結梨にとってはようやく訪れたチャンスだった。逃がすわけにはいかない。
「恵梨奈……お母さん、話したいことがあるの」
また声が上ずっていたかもしれない韓國食譜。しかし構ってはいられない。
「少しでいいから……聞いて欲しいの」
切実に頼み込むように伝えてみたが、恵梨奈は何も答えない。振り返りもせず、階段を登ろうともしない。話しても良いということなんだろうか。
「恵梨奈」
「お母さん」
二人の声が重なった。結梨は恵梨奈へ言葉を譲った。
「何?」
「私は話したいことなんて何もないから」
恵梨奈は吐き捨てるように言って、残りの階段を駆け上がった。勢いよく開け閉めされたドアは家を潰してしまいそうだった。すでに崩壊寸前の岩城家ならば、それも容易かもしれない。全身の力が抜け、床に座り込みたくなるのを必死に堪え、結梨はキッチンへ向かった。
まだ終わりではない。娘との戦いは始まったばかりなのだ。
結梨はグラタンを完成させ、恵梨奈の部屋へと運んだ。当然、味見もした。腕は落ちてはいなかった。この味を恵梨奈だって忘れてはいないはずだ。
「恵梨奈」
ドア越しに呼び掛けたが、いつも通りの沈黙。
「グラタン作ってみたの。恵梨奈、好きだよね?」
やはり返事はない。
「久しぶりだから、うまく作れたかわからないけど、おいしくなかったら言ってね」
盆を床に下ろし、結梨はリビングに戻った。秒針の音を聞きながら、恵梨奈が動いてくれるのを祈り、ひたすら待つ。期待と恐れ、そして緊張……胸中穏やかとは言えず、息苦しい時間がまたやって来たのだ。
恵梨奈が降りてくる気配が一向にないまま、午後八時を迎えた
さすがにもう食べ終えているだろう。一緒に食べることはできなかったが、様子うかがいに食器を取りに行こう。
そう考えて廊下へ顔を出すと、足元には全く手の付けられていないグラタンの乗った盆が置かれていた。
いつの間に降りて来たのだろう。いやそんなことはどうでもいい。一口も食べられずに返されたことがショックだった。
手料理にしたことが、むしろわざとらしいパフォーマンスのように受け取られてしまったのかもしれない。しゃがみ込み、冷え切った器に触れると、涙が零れそうになった。

それから三日間、結梨は恵梨奈の帰宅を玄関先で待ち構えていたが、結局、話を聞いてもらえることは一度もなかった。手作りの夕食も、一口も食べずに返されていた。義伸にも同じ料理を出したが、何も言わずに平らげただけだった。恐らく手作りだということさえ気が付いていないのだろう。
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